アンビバレンツと ジレンマと
           〜お隣のお嬢さん篇


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思い返せば、あの必殺の異能を操る黒の少女が
最年少幹部直属の部下としてマフィアへやって来たのは、
この女がいきなり組織から出奔したのと あまり変わらぬ時期だったのではなかったか。
大人も舌を巻くほどに頭の回転が速く、才気豊かで知恵者で。
そんな反動か、破天荒が大好きで
わざわざ最前線に立つことで自身の死滅さえワクワクと待ち受けていたような変わり者。
安寧なんて退屈と毛嫌いしていたような奴ではあったれど。
それでも まさかそういう転機が
あんなにも突然やって来ようとは思ってはなかったに違いなく。

  だって、だったら、
  どうしてああまで気に入りだったあの子を置いていったのか

何につけ用意周到な女だったから、誰にも気づかせずに準備を進めていたのだろうなんて、
何も知らない周囲は決めつけていたれども。
実際は、頭の回転が速い彼奴にでさえ思いもよらなかった突発的な事態であり、
それでもあれほどに どんな追手も寄せ付けぬ逐電が果たせたのは
むしろ奇跡という順番であったのだろうと。
具体的な事情はまるきり知らなかった中也にそうと窺わせたのも、
育ての親からの薫陶よろしく、
情など あとあと柵という足手まといに育つだけで何の役にも立たぬとし、
合理性ばかりを優先する、才気走った悪魔のような小娘…という定評とは裏腹、

  当人にさえ気づかれないようにというややこしいかたちで、
  部下だったあの少女をそりゃあ溺愛していた太宰だったと

他でもない本人が、
中也にだけは くどいほどに零しまくっていた
やはり立派な “はた迷惑”をさんざんやらかしていたからで。
そしてそれは今も健在なようで、

 「……拗ねてんじゃねぇよ、大人げない。」

あまり図に乗ってると、その愛しい少女に直々
かつてどれほど同性相手に悪戯奔放な行為を為してたかをばらすぞと
中也が脅しも兼ねてぼそりと告げた途端。
上から目線な態度こそ止んだものの、
バツが悪いか むくれまくるものだから、今度はその空気が重々しくも鬱陶しい。
しかも、こればっかりは計算で作ったそれじゃあなく、
本人からして後でもう一度照れまくるに違いないほどの素の顔なのだから、
ちょっとした反撃が、こうまでの罪悪感を抱かせるとは

 “なんてまあ、面倒くさい女なんだかねぇ。”

達者な口が働いていりゃあ憎たらしいほど五月蠅くて、
そのくせ こちらのお怒りがツボを突けば突いたで
恨めし気に拗ねて見せ、こっちが悪かったみたいな気分にさせるだなんて。

 “まるで そこいらにいる普通の女みたいじゃんよ。”

それこそ この知恵者な女傑には最も遠かろう言いようをついつい思いつき、
そのまま洩れそうになった苦笑、必死で食いしばる女幹部だったりする。
目ざとくも拾われて、これ以上 似合わぬ拗ね方をされては面倒だからで。
トランジスタグラマーな女傑のそんな苦衷に気づきもせぬまま、

 「…あんただって、いつぞやに
  敦くんの浴衣の裾が乱れてしまって
  どっかの馬の骨に可愛いくるぶしとか覗かれるなんてまっぴらだなんて
  堂々と言ってたじゃないの。」 (夏宵一景、参照)

いつの間に飲み干したのか、
マスターに二杯目の水割りをオーダーしつつ、
子供のように口許尖らせ、そんな恨み言を紡ぎ始めている太宰嬢。

 「私だって、あの子がムキになって“羅生門”を繰り出し続けて、
  あの長外套や フリルたっぷりにと仕立てたブラウスやらが
  そっちへ補充されることで どんどん薄くなってくところなんて、
  恐ろしくって誰にも見せたくないっていうの。」

 「…ふぅん。」

そうか、やっぱりそういう目論見から あんなずるずるした格好させとったんかいと、
妙なタイミングで確かめることとなったのはさておいて。

 「大体さ、もーりんさんが
  控えめというか中途半端な描写しかしないものだから、
  原本のインパクトに負けて
  北極星もかくやという冷徹で孤高な
  短髪姿の、男の子のほうの外見を
  ついついイメージされているのかも知れないけれど。」

 「…そういう言いようは止せ。」 (そうだそうだ) 焦

背中まで流れる黒髪は、実は細い質のフワフワと柔らかな猫っ毛で、
童顔に見えてしまう大きめの双眸には
墨色が沈むオニキスの潤みがそれは冷ややかに冴えて麗しく。
殺気を孕めば夜叉のような尖った貌にもなるけれど、
そうでないときの寂しそうな横顔がどれほど危うくてかわいいか。

 「まどマギのほむらちゃんもかくやという、
  凛としている態度さえどこか儚げで危うい、
  それはかあいらしい美少女なんだからねっ。」

判ってる?とばかり、カウンターをバンっと叩いた太宰だったのについ釣られ、

 「例えのキャラが生憎とよく判らんが、
  あんたがそういう風にあの子を褒めたたえてたのは昔っからだっての
  アタシはようよう知ってるんだ、言い足す必要はなかろうよっ。」

中也の側までもが同じように激高し、
ついついカウンターを引っぱたいてしまったのだった。
……抉れてませんか? 大丈夫?




     ◇◇


ほんの4,5年ほど前ながら、まだ20代の若造には、
歳に見合わぬ波乱を幾つも越えた身なだけに 結構昔の話でもあって。
歴代最年少という冠付きでの五大幹部へ昇進した折、
首領から直属の部下を一人抱えていいとされ、
それではと、とりあえず自分で見つけて引っ張ってきた少女。
何でも、貧民街で幼い身で異能を操る子供がいるという噂を聞き、
無駄に旺盛だった好奇心をつつかれたそのまま独自に調べたところ、
まだまだ幼いというにもっと幼い兄弟を抱え、
大人も叩き伏せるほどの異能の使い手として
界隈でも評判になりかけていた子であったらしく。
そんな有望株を見逃さぬほど、油断も隙も無いのは今更な話だったが、

 「聞いてくれたまえよ、中也っ。」

それもある意味で十分傍迷惑な話、
まずは滅多に見せなんだ関心とご執心ぶりを、
こちらもその年齢にはそぐわぬ実力から
決して暇ではなかった重力使いの準幹部の執務室までわざわざ訪のうては
いちいち吐露していた困った五大幹部様であり。

 『当時はあれもまた、嫌がらせの一環かと思ってたんだがな。』

自分もよくは知らなんだが、
日頃の籍を置く場が違うがためだろう
妙に伸び伸びしていたらしい交友を持つ織田や坂口を相手にだったら、
もっと柔らかい本音を染ませた話もしていたろうが。
当時も幼かった そのもっと昔からの顔見知りでもあったがため、
慣れ合いを嫌いそうなお年頃だったこともあり
周囲の有象無象な大人の構成員と比すれば
同類ゆえに別枠だったのだろう、
そんな微妙な立場の相棒だった中也へは、
遠慮も容赦もない振る舞いをさんざんして見せており。

 よって

ほら御覧よ、可愛い部下だろうと、珍しくも自慢をし、
羨ましいだろうとやきもきさせておいて、
実は凡庸な駒だと思い知らせよう…とかいう。
性根の曲がった此奴らしい、むごたらしい嫌がらせ。
相手の少女まで傷つけることも厭わない
残酷な遊戯のつもりが まるで無かったわけではなかろうと誰が言えようか。
無邪気そうな貌で花を毟るような真似をもっと幼いころからさんざやっていた、
それこそ“マフィアになるために生まれてきたような娘”だったのだから、
そういった迷惑行為とどう違うのかと思ったくらい、
そう、こちらがいつになく警戒強めてしまったほどに、
それまでには例がなかったくらい喜々とした貌を見せていたと思う。

 「だってどれほど魅力的な子だかvv」

異能もそりゃあ珍しくって、そこへと眼をつけたようなものなんだけど。
洗ってやったらまあまあなんて可愛かったか。

 「食生活が多少は落ち着いたせいか、
  がりがりに浮いてたあばら骨も 飛び出しそうだった肩の骨も落ち着いて、
  頬もするんと瑞々しくなって、ますますと愛らしさが増して来て…もうもうもうっvv」

どうしてくれようかと地団太踏みつつ身もだえする様は、
どこぞかのミーハーなJKでも憑依したのかと怖気が来るほど。
まるで別人の態でそうまで まくし立てる始末であり、

 「しかも実は天然さんでね。
  ちょっと応えが尊大だったのへ、
  足蹴にしてから “何で蹴られたか判るよね?”って訊いたら
  あの子ったら何て返したと思う?」

ああ、そういや折檻もどきのしつけを敢行中とか言ってたな。
可愛い可愛い言いつつ、何てことしやがるかなと、
胡乱なものを見る目を向ければ、だがだが そんな棘など気にならぬか、
興奮気味に頬を赤らめたまま、

 「吹っ飛んだ壁際で立ち上がりつつ、
  K&G社のピンヒールです、なんて言うじゃない。
  そりゃあ私の靴はそこのオーダーメイドだけど。」

 「…吹っ飛ぶほど蹴ったのか。」

そこじゃあないったらと不満げに握った拳を振り回し、
別の話を持ち出すものの、

 「そうかと思えば、
  不覚にも間近での爆薬の炸裂によろめいた私へ、
  太宰さーんって大声で呼びかけて来るわvv」

 「ああ、その一件はアタシも聞いた。」

案じられた照れ隠し、
敵に指揮者の居場所を教えてどうすんだこの子はって怒鳴り返したもんだから、
あの子の声より良く通ったのが仇になって、却って集中砲火浴びたんだってな。
淡々と応じてやれば、伝えたかった“萌えどころ”は違ったらしく、

 「だから、そこじゃあないってば。」

 ああもうっ、何で判らないかな。
 もしかして馬鹿なの? 
 日頃から月がどうの花の咲きようがどうのなんて一丁前なこと言ってるくせに、
 人と人が感じ合う機微や情緒ってものが判らないの?

 「……っ

他でもない、この尊大 無神経女から言われる筋合いはないと むっかり来つつも、
判りやすく怒気を発しては相手の思うつぼかも知れぬと
提出間近な報告書をぎゅむと握りつつ、ぎりぎりと踏ん張って思いとどまり、

 「五月蠅いなぁ、そんな可愛いなら傍に居てやりゃあいいだろう?」

何とか無難な言いようを返せば、
それこそ打てば響くの即答が返って来て。

 「ダメだよ。今日は初めての作戦指揮にって送り出したんだから。」

あああ、でも心配ではあるのよねぇ。
一応 広津さんに補佐役にって同行してもらっているけれどと続いた辺り。
これもまた聞いてほしかったことには違いなかったらしく。

 「そうかいそうかい。」

報告書と向かい合ったまま、片手間な応対で返してやれば、
包帯で覆われていない 片方だけでも十分なほど
鋭い殺気を込められる印象的な大きい目をわなわなと見開いて、

 「何よその態度っ。
  こないだの鏖殺任務で私、
  あんたが失速して吹っ飛んでった間の編成の穴埋め、
  トーキーからの指示だけで完璧にこなしてやったよね?」

 「〜〜〜〜。」

そんな戯言を勝手に垂れ流している、
これでも歴代最年少で五大幹部へ上り詰めた魔性の女。
こういう言い方をすると
首領に取り入って実力もなく上り詰めたように聞こえるが、
ウチはそんな甘い組織じゃあない。残念ながら実力だ。
経済を背負う財界並みに情報が命とされる裏社会において、
あまりに若すぎる存在だったため、
ポートマフィアの新幹部候補の正体はそれほど広くは知られておらず。
それでも、現今の居場所である武装探偵社でも扱われようとは比較にならぬほどに、
組織内にてはそれなりに恐れられてもいた女であり。
まだ少女と言って通りそうな年頃だってのに、
敵対者の僅かな隙も見逃さず、
一気呵成な攻撃を組み立てる統合力にも長けていつつ、
それは辛辣な手でじわじわと追い詰める策謀も得手の厭味な智謀派で。
そうとまで恐れられている存在が、庇護している存在ともなれば、
成程 周囲からのやっかみや嫉妬も買おうし、
逆に隙の無い当人へはぶつけられない恨みを代わりにと向けられる危険だってあるためか。

 「危なっかしくって危うくて危険。
  見どころもあるし、負けん気も強い。
  教えたことはちゃんと身に付く賢い子で、ああでも。」

あの子は褒めると伸びなくなる子だ。
褒めれば安んじてそこから先へ踏み出さない。
事を荒立てたくないと、命じた以上のことはすまいとする困った子だ。
出過ぎた忖度を叱ったの、しっかと覚えているのだろうね。

 「でも それじゃあいけない。」

何くそって顔を上げて前進してもらわにゃあ困るから、
そうなるためには自尊心を踏みつけにしてやらにゃあいけない。
それも、あの子を連れてきた私が。
そうすれば周りの人間も、見込み違いだと突き放しているんだなんて誤解しようし、
本人だって見返してやるって奮起するでしょう?

 「〜〜〜〜〜っ

自分の定めた方針とやらへ、うっとり浸っていた傲慢さを聞いてはいられず、

 「あたしは暇じゃあないんだ、出てって。」

どんな顔してのたまってたのか、そういや覚えてはいない。
もしかして、ちょっとは悔しそうにしていたのかな。
突慳貪にされると判っていたから、
日頃親しんでる飲み仲間じゃあない、
ようよう知っていればこそ そうと解釈するに違いないアタシヘ話しに来たのかな?

 ………だったのに

周囲のみならず本人からさえ誤解されてもいいと、
憎まれ役を通すことで伸ばしてやらんと構えてた。
そうまで深く考えた上で愛でてた愛し子を置き去りにして
何があったか知らないが、誰にも告げぬまま唐突に姿を消して。
そんな上司を彼女なりに支えにしていた黒獣の少女を
結果、絶望の淵へ叩き落しもした、
中也にしてみれば最後の最後まで身勝手で傍迷惑な女だったのである。




to be continued.(18.08.20.〜)




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 *小説では織田作さんにだけ、見どころがある子だとこそり言ってたそうですが、
  それ以外の前では、何の言い分けもないまま ああまで手酷く折檻していた太宰さん。
  男衆らの世界は原作に添わせましたが、(ご執心のベクトルはウチ仕様ながら)
  女性サイドでは ちょみっと変えてみたらこうなりました。
  百合ってどう絡ませればいいのかまだよく判ってませんで、
  だったらいっそ、
  実はこうまでご執心だったんだとしたら面白いんじゃなかろうかと。(おいおい)
  なので、中也さんとしては、この子を連れずに組織を飛び出してったの、
  さぞかし理解できなかったことだろなと思われます。
  よりが戻ったことだって、お母さんは納得してなかったりしてな。
  微妙に警戒したままだったりして?(笑)